5日目(2004年8月25日) 三島から御殿場へ

いよいよサイクリング最終日(夏の学校初日)、でもずっと上り坂

今までずっと持ってきていたカップめんを食べ、クーラーが利いて涼しい部屋の中で荷物をくくりつけ、9時前にホテルを出発。近くのコンビニで足りない分の食事を済ませ、飲み物を調達して出発。今日はずっと上り坂であるが、厳しいのは最後の御殿場駅からの坂だけだろう。でも、今日は南からの追い風なので、少しは風の後押しが期待できる。

三島の市街地に近いほんの最初は割と平坦だったのだが、すぐに坂道がやってきた。ギアを落として走り、20km/hの速さなど望むべくもないのだが、それにもまして酷なのが、路側帯が狭いところに車、しかもトラックが多く走ってくるため、しばしば歩道を走らざるを得ないこと。歩道の草や車道との境の敷石にサイドバッグをこすりながらも、先に進んでいく。隣の裾野市にはすぐに入り、裾野駅を過ぎてすぐに沼津からの県道と合流し、車は前よりももっと多くなる。だが、数kmほど進むと国道246号と合流した。歩道が広くなり、また、この先すぐにまた県道と分岐するので、おとなしく右側の歩道を走ることにした。1kmも走らないうちに県道と分岐し、車の多くが国道を走っていくのを見て私は県道に入る。

10時頃、国道246号との分岐点を過ぎてすぐ、岩波駅を少し過ぎたところで、岩波風穴の案内を見つけたので寄ってみる。着くとそこは民家の敷地内だったが、この風穴への道は一般人も入れるようになっている。これは、富士山の噴火でいくつか出来た穴の1つらしく、中に入ることが出来るというので入ってみる。中は確かに涼しかったのだが、それよりも湿度が高く、中にいても汗が出てくるのは変わりない。すぐに外に出て、先を目指す。走り出してすぐに御殿場市に入り、私の旅もいよいよ終わりなんだな、という実感がわいてくる。

たいていの車は国道を進んだためか、ここからは車の数が少ない。おまけに、路側帯がそれほど狭くなかったので、基本的にはずっと車道の端を走ることが出来た。でも上り坂には変わりはなく、速度は15km/h強を維持するのがやっとである(向かい風だったらもうちょっと落ちているだろうな)。しかもその上り坂には波があり、ときおり坂がきつくなることも。これでは国道を走った方がよかったのか、とも思ったが、こちらの方が車が少ないから走りやすいだろう、と考えてそのまま県道を走ることにする。

富士岡駅を過ぎたあたりで、県道394号と線路が並走するようになり、また、周りの景色も高原の色彩を帯びてきた。岩波駅から富士岡駅までは遠い印象があったが、富士岡から南御殿場、そして御殿場駅までの間はそれほど距離がなかったように感じ、11時には御殿場駅に到着。弁当を買い、早めの昼食を食べながら最後の坂道への心の準備をする。

11時半頃に駅を出発し、青年の家に向かう県道23号に入った。きつい坂を予想していたのだが、上ってみると思ったよりしんどくはない。それでも速度は15km/hも出ない。路側帯はちょっと狭かったのだが、歩道時折走りすぎていく自衛隊の車を見ながら、目的地が近いことを実感する。青年の家が近くなってくると10km/hほどにペースが落ちたのだが、自衛隊の駐屯地や米軍基地の辺りでは急に道が開けてきた。今頃広くなっても遅いっちゅうに。

そしてついに青年の家に到着。受付では、惑星側の幹事校の人が出迎えてくれた。受付にはチャリダーの人がいたため、少しばかり自転車の雑談をする。受付を済ませた後、自転車を移動して荷物をはずし、トイレの洗面所の前で濡れタオルで体を拭き、着替えをした。

今日の走行記録は、

距離 29.80km
実走行時間 2:15:39
平均速度 13.1km/h

上り坂ばかりだったからこうなるのは当たり前。いつもどおり休みすぎかな。

こうして、無事時間内に国立青年の家に到着し、夏の学校に最初から参加することが出来た。

ここまでの通算距離は、487.6km。当初の見積もり距離(約400km)より2割増しとなっているが、これは途中(ホテルへ向かうとき)の寄り道が大きいのだろう。本当の走行距離より大目に計算してしまっている分もあるのかもしれないが、あっても数パーセント。今度調整しなければ。


おまけ(帰り道)
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